「メリークリスマス、しゅらくん!」
「……。」
とある地の底、闇の奥。
何の約束も無しに、それは唐突に現れた。
いつもは青い長髪をなびかせていた筈だが、いま前から駆け寄ってきている少年は黒髪短髪で、その姿は混沌王の眉間に皺を刻む原因となった。
王座に腰掛けた彼の前で足を止めると、にっこり微笑む。
「良かった、起きてた。」
そう言って両手に抱えていた包みを解き始めたので、混沌王は片手を上げた。
「待て。」
「え?」顔を上げて動きを止めた少年に、混沌王は言う。
「お前はまた何故”ソレ”で来たんだ。」
「ソレって?」
「……。」
混沌王は先を継がない。ただ呆れた眼差しで少年を見つめ、解答を促す。
少年は得心したのか、「ああ!」というような顔をしてそれに応じた。
「だって、アオガミが居たらしゅらくんと喧嘩してしまうだろう?」
「捏造するな。アレが勝手に俺に噛みついてくるだけだ。」
王座の肘掛けについた片肘に顔を寄せ、うんざりした溜息を吐く。それから少年をひたと見据えて話を続ける。
「それで、お前はヒトの姿でココへ何しに来たんだ。」
再戦か?と眼差しだけで問えば、少年は首を振る。
「まさか。君にはまだ勝てない。それに、初めに言ったじゃないか。」
「メリークリスマス?」
「そう。」にっこり微笑みながら少年が包みを解く。中から現れたものを見て、そこで混沌王の表情が変わる。
「……ケーキ?」
「うん。」
白い円形。シンプルながらも、絞ったクリームの縁取りがあり、円の中央にはマジパンで出来たサンタクロースを模した飾りが置かれていた。
「材料があるのか。」と混沌王。少年は頷き、それを手に距離を詰める。
「その辺は、ちょっとした伝手で色々。簡単な物しか出来なかったけど、まあ味は保証する――」
「――待て。それはお前の手作りか?」
「あれ、言ってなかっ……ないな。うん、俺が作った。」
「……。」
ケーキに視線を留めたまま、混沌王は動かない。
なので、少年自らが歩み寄り、彼にケーキを差し出す。
「食べよう、しゅらくん。素人レベルのケーキだけど、美味しい……と、思うから。」
「……。」金色の瞳を瞬かせ、ケーキに釘付けになっている混沌王を目にして、少年はますます相好を崩す。
人修羅は、甘いものが好きらしい――それはアキハバラ近辺のビルの一角にいたモコイより得た情報だったが、成程、この反応を見る限りでは間違いなさそうだ。かつては「サマナーくん」とやらに使役されていたようだが……どうもその使役者は自分の世界へと帰ったらしいので、詳細は分からない。
「フォークと紙皿を持ってきたから、一緒に食べよう。」
「……ああ。」
気まぐれな狂気と倦怠感を纏い、深い闇の底を思わせる力を持った異界の少年。
人修羅。混沌王とも呼ばれる彼に対し、アオガミはあまり彼に深入りしないほうが良い、と警告、警戒しているが、ナホビノである彼はこの人修羅のことが嫌いではない。
ナホビノとなった自分と同じ、金色の瞳のせいかもしれない。――その双眸は、彼が力を揮う際には真紅へと変じるが。そして、そうなると彼に勝てない。現に、未だ連敗中だ。
「大きさはこれで良いかな?」
携帯ナイフでサックリ切り分け、先ずは一つを相手の皿の上に置いてやれば、人修羅がこくりと頷いた後で顔を上げた。
「ありがとう。」
金の目を細めて笑ったその顔は柔らかく、子供のような面影があって。
「……しゅら、く」思わず見とれ、息を詰めた彼に人修羅が口端を持ち上げて笑みを深める。
「――アスラ。」
「え?」
「アスラ、でいい。……ソウマ。」
「――っ。」
ソウマは息を詰め――たちまちのうちに目を潤ませる。
「俺の名前っ、覚え、てて……っ」
「泣くな、”神気”臭い。……いいから、ケーキを食べるぞ。」
「うん。」
アスラの左側、彼から譲られた王座の肘掛けに軽く腰を下ろし、ソウマはケーキに手を付ける。
「こういうのは、いいな。」
「しゅら……、アスラ?」
「……。」
問い返したソウマに、けれどもアスラは答えず――ただ眉を上げて弱い笑みを返すと、何でもない、とだけ告げて彼もまたケーキを食べ始めた。
メリークリスマス。